今回は「ゆとり教育」の見直しについて考えてみましょう。
2011年度は小学校で、2012年度は中学校で新指導要領が全面的に導入されます。すでに小学校では移行措置として導入が始まっています。新聞報道等で導入されることは知られていますが、一般的には内容まで知られていません。 そこで、できるだけわかりやすくポイントを絞って解説してみることにします。
いまなぜ脱「ゆとり」なのか
今回の「ゆとり教育」見直しについて述べる前に、そもそも「ゆとり教育」を導入した経緯について簡単に振り返ってみることにしましょう。
2002年完全学校5日制と「ゆとり教育」導入
1998年12月、当時の文部省は「ゆとり教育」の名の下に、2002年度より完全学校5日制を導入し、同時に大幅なカリキュラムの削減を骨子とする「新学習指導要領」の実施を宣言しました。当時の学校現場では「学級崩壊」「学校崩壊」「落ちこぼれ生徒の増大」「不登校児の増大」「校内暴力の増加」「いじめの陰湿化」「中途退学者の増加」等々数多くの問題を抱えていました。
このような病理現象を生み出している原因が、「受験戦争」と「過重なカリキュラム」であるとの認識から、文部省は中央教育審議会に対し、指導要領の見直しを要請したのです。
その結果、「教科書が3割薄くなった」と言われるほど大幅に重要な単元が削減されました。しかし、実際に発表された要領を見ると、削減単元に一貫性が欠け、削減された単元以上に「練習問題」がカットされていることから、教育現場は「これでは定着のために必要な練習問題が足らない。返って落ちこぼれを増加させる」と警鐘を鳴らしました。
そして、その警鐘が現実のものとなり、10年を満たずして「ゆとり教育」は見直されることになったのです。
学習指導要領の変遷
今回の問題に進む前に、これまでの指導要領の変遷をおさらいしてみたいと思います。
戦後、教育改革は主なもので6回実施されていますが、2002年の改革ほど大きな影響を与えた改革はありませんでした。
資料1を見てください。日本の教育行政は、ほぼ10年に1度改革を行ってきました。資源が乏しい日本が「科学技術立国」として世界に認められるためには、「教育」こそが最大の投資であることは異論のないところでしょう。
しかし、この変遷の過程を見る限り「教育は国家百年の大計」とはとてもいえない状況です。
実施年度 | 改革の特徴(小学校の場合) |
1947年 | 修身、日本歴史などを廃止。家庭科・自由研究を新設。 |
1951年 | 自由研究を廃止。習字を国語に統合。 |
1961年 | 試案から告示方式に変更。教育課程の基準として位置付けられる。道徳を新設。基礎学力の充実を図る。 |
1971年 | 「教育の現代化」を目指し、内容を高度にして量も増やす。「算数」に「集合」を導入。 |
1980年 | 「ゆとり」を掲げ、時間数・内容ともに大幅に削減。「自ら考え、正しく判断できる力の育成」を重視。 |
1992年 | 小1・2の理科・社会を廃止し、生活科を新設。 |
2002年 | 算数・理科を中心に授業時間で3割弱の削減。 |
2011年 | 新・新学習指導要領実施。2004年度の検定教科書と比較し、ページ数は各教科書平均で、算数で33%、 理科37%も増加。 |
2002年の教育改革が発表され、その内容が明らかになったとき、私は拙著「教育維新~学校5日制を考える~」の中で、この改革がもたらすであろう「さらなる学力低下」に警鐘を鳴らしました。
この改革は、表面上「学級崩壊」等の問題を解決するというのが理由となっていました。
確かに、それも大きな理由です。他方、公立学校が完全週休5日制に移行することに伴い、授業時間数の減少をしなければならないという現実がありました。つまり、公務員に対し「平等な福利厚生」を実現するためには、カリキュラムに手を加え、学習内容を削減するしかない。これが実際上の理由でした。
要するに、公務員の休日を民間並みにするするという「労務対策」が大きな理由だったのです。
削減内容を検討した現場からは、「一貫性がなく、かえって生徒は理解しづらくなる」という声が上がりましたが、とうとう反映されませんでした。
では、今回の新指導要領の背景にはどんな理由があるのでしょうか。
今回の教育改革には、2002年のときのような「労務対策」的理由はありません。
むしろ、より教育的な理由が強いと思われます。
脱「ゆとり」へ
1998年12月に文部省が「ゆとり教育」を発表した後、翌年には「分数ができない大学生」「少数ができない大学生」が出版され、大学生の学力低下が大きな社会問題となっていました。そのような状況下にもかかわらず「ゆとり教育」は導入されたのです。
センター入試の科目数の減少、1,2教科だけで入れる私立大学の増加等により、入試に必要な科目数は減少傾向となり、天下の東大理Ⅲでさえ、生物を選択しなくとも合格することができるようになりました。
私立大学は少子化に伴う「2009年大学全入時代」に向けて、学生確保のため受験科目の軽減を謳い、国公立大学も私立に受験生を奪われないために、こぞって入試科目の削減を競い合いました。その結果起きたこと。それが「大学生の極端な学力低下」でした。
その結果、国立大学においてさえ高校の教科書を使った補習を導入しなければならないほど学力の低下は目を覆うばかりでした。
PISAショック
国内では、上記の大学生ばかりでなく小中高生にも学力不足の問題は数多く山積してきていました。そこに、海外からショッキングなデータが入ってきました。それが、OECDのPISA(学習到達度調査)の調査結果でした。これについては、本HPのトップページ「理科・算数の学びが熱い!」の中に「PISAショック」と題して詳しく書かれていますから、そちらを是非お読みください。
このPISAの結果については、2000年度のときにも学力の低下が問題になりました。それでも、このときの順位は数学リテラシーで1位、科学で2位、読解力で8位でした。
ところが、2006年度は数学で10位、科学で6位、読解力ではなんと15位。いまや「教育立国」とは言いがたい状況です。
このような危機的状況から文科省としても、指導要領の見直しをせざるを得ない状況だったのです。
前置きはこのくらいにして、具体的な中身をみてみましょう。
新指導要領の特色
まず今回の指導要領のキーワードは、「スパイラル学習」です。
「スパイラル学習」は、単なる繰り返し学習のことではありません。ひとつの単元を複数の学年にわたって重複して学習するカリを組むことにより、生徒の理解・定着を図ろうという取り組みです。この取り組みがきちんと機能すれば、子供たちの理解度は深まると思います。
例えば、分数は3年生から本格的に学習しますが、この分数は子供たちが一番つまずきやすい単元です。(この分数から算数が嫌いになったという人は、きっと私ばかりではないでしょう。)
そこで「簡単な分数」を2年生で学習するという「助走期間」を設定することにより、理解力のアップを図ろうというのが、「スパイラル学習」なのです。
この「スパイラル学習」は、全教科で導入されます。
小学校低学年
算数
~1年生~学習のボリュームが増大
1年で新たに加わる内容で重要なものは、2つ挙げられます。
ひとつは、「簡単な2けたの足し算、引き算」。あとひとつは「面積・体積」の比較です。
「2けたの足し算、引き算」を本格的に学習するのは、2年生ですがその前に簡単なものに触れさせることにより学習の理解度を図ろうという狙いです。
「長さ」ばかりでなく、「面積・体積」の比較も1年で出てきます。これは、最近の生徒が「量的な感覚」に乏しいということから、少しでも早く慣れてもらおうという狙いでしょう。従来と比較すると、相当なボリュームのアップになることは間違いありません。
~2年生~早くも分数が登場!
2年生はさらに量的増加が顕著です。
新たに加わる内容として、
①「簡単な3けたの足し算、引き算」、
②「簡単な分数」、
③「体積の単位(ℓ、㎗、ml)」、
④「時間の単位」、
⑤「正方形、長方形、直角三角形」、
⑥「箱の形」
があります。
「簡単な3けたの足し算、引き算」は、小1と同様「スパイラル学習」の一環として、小3で本格的に習う「3けたの足し算、引き算」の「予習的」意味合いということになるでしょう。
しかし、問題は「分数」です。前述したように「助走期間」として2年生で学習することになりました。約30年ぶりの復活です。
「ゆとり教育」により減少した授業時間数のなかで、どのようにして生徒に理解させていくのか、じっくりみていきたいと思います。
~3年生~「計算」が充実!
2002年の改定時に、練習問題が多く削減されましたが、単元そのものの削減割合より練習問題の削減が多かったため、学習内容の定着が悪くなりかえって「落ちこぼれ」が増加すると指摘されていました。教育現場を見るかきり、その不安は的中してしまいました。
ちょっと昔、小学生の学習は「読み、書き、ソロバン」が、基本中の基本とされていました。ところが、昨今は「デジタル世代」。ソロバンなど見たこともない。 母親だって経験がない。おばあちゃんに聞くと「昔は3桁、4桁の暗算も小学生でやったもんだよ」とのこと。「へぇー、おばあちゃんて天才だねー」と言われて、オシマイ!
高校でテストをすれば、「先生!携帯持ち込んでもいいですか?」仕方なくOKすれば、一斉に携帯の「電卓」ツールが大活躍!
いまや、PISAの順位が問題などと言っている状況ではありません。
それが原因でしょうか。今回の改訂では3年生は「計算」がスポットライトを浴びています。具体的にみてみましょう。
4年生から下りてきた単元として、
①10分の1までの小数の足し算、引き算、
②分母が同じ分数の足し算、引き算、
③二等辺三角形・正三角形、
④角、
⑤円と球
があります。
また、新たに加わる単元として、
⑥1億、
⑦1000の位までの足し算、引き算、
⑧3けた×2けたまでのかけ算、
⑨簡単な2けた÷1けたのわり算、
⑩重さの単位(t)、
⑪□を用いた式
があります。
これらついては別の機会に検討します。
以上をみると、計算力の低下が如何に問題となっているかがわかるというものです。
従来は「4年生が算数の鬼門」と考えられてきましたが、これからは「3年生が第一関門」になりそうです。
ファインズでは、算数嫌いをなくすため「みるみる算数」(デジタルコンテンツ)を導入し、「楽しみながら」「作業しながら」知らず知らずに算数が好きになるような授業を実施します。
本稿は長くなったので一旦終了します。
(2010.7.6~2010.7.29)