小太鼓の乾いた響きが空間を満たしている。
重なる太鼓の重厚な響きに大地が、そしてぼくの身体が共鳴し始める。
祭囃子(ばやし)が最高潮に達し、やがて軋(きし)みをあげて屋台が動き出す。「京都祇園(ぎおん)祭、飛騨高山祭と並んで日本三大曳山(ひきやま)祭のひとつに数えられるこの秩父夜祭は、三百年の伝統を誇り、国指定重要民族文化財に指定されている。祭り広場に設けられた「お旅所」で、秩父神社の女神と秩父武甲山の男神が一年一度の逢瀬(おうせ)をする。笠鉾(かさぼこ)が二基で、屋台が四基で……」
と、そんな知識など消し飛んでしまう屋台囃子(ばやし)のリズムと木輪の悲鳴にも似た軋(きし)み。 ぼくらは秩父夜祭の最後を飾る本町の屋台に張り付いて、秩父神社を目指す。 冷静な祭り見物の一人でいられなくなったぼくは、綱を曳(ひ)く祭半纏(まつりばんてん)の隙間にもぐりこんで10トン超の屋台の重みを身体で感じる。架線が取り外された線路を渡り、交差点の真ん中ではてこの原理でわずかに傾げられた屋台につっかえ棒を滑り込ませ、そこを回転の中心として人力で方向転換をする。屋台は軋む。まるで伝説の聖獣のように屋台は叫び続ける。昨日が記憶の彼方に霞(かす)んで消える。明日のことがぼくを悩ませたりしない。かじかんだ指先に力を込めて一心に綱を曳く。
 神官の列に、お旅所を出た神輿(みこし)とご神馬(しんめ)が続く。

凍て付いた師走の大気を切り裂く屋台の叫び。

吐き出す息も白く、夜空には冬の星座たち。

鳴り止まぬ屋台囃子。

 そしてクライマックス。

 

文責:石井