国分寺ブログ

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21 05, 2024

【アーカイブ52】浅間の横顔

By |2024-05-21T16:59:03+09:002024年05月21日|Uncategorized, 国分寺ブログ|0 Comments

 浅間の雄大な、それでいてどこか穏やかな横顔を見るために、毎年のように信州へ車を走らせます。軽井沢から中軽・追分を抜けて小諸へと向かう国道18号線を右に折れ、九十九折(つづらおり)の峠道を上り詰めると浅間2000スキー場を抱いた高峰高原に至ります。峠のレストハウスに車を止めて、トレッキングすること1時間30分で目的の場所へとたどり着きます。  浅間の正しい姿を見るなら黒斑山(くろふやま)です。Jバンドと呼ばれる浅間の外輪山のとっつきにあるトーミの頭(かしら)もしくは黒斑山の断崖絶壁に立つと、そこはまるで別世界です。深い、けれども光の飽和した谷には、まばらな針葉樹の間を埋め尽くした草原の広がり。それらを遥(はる)か足下に見下ろしつつ、遮(さえぎ)るものの何ひとつないガランと巨大な空間に泰然自若(たいぜんじじゃく)と胡坐(あぐら)をかく浅間の山容と、時の経つのも忘れて対峙します。  その浅間山が噴火したのは、ちょうど去年の秋口でした。随分と報道もされたのでご覧になった方も多いと思います。去年の噴火は、記録によれば21年振りとなる中規模噴火だったそうです。交通規制もなくなったゴールデンウィークにドライブした折に小浅間のレストハウスまで行ってみましたが、止まずに吹き上がる噴煙と、以前は高山植物で薄緑色だった斜面が流れ出した溶岩で赤黒く覆(おお)われていたこと、そしてレストハウスに近い有料道路際にまで転がっている火山弾が見慣れぬ風景となって噴火の激しさを物語っていました。  古くは1783年の大噴火で1200名を越す死者を出したことで有名な浅間山ですが、それ以外で言えば、立原道造の第一詩集『萱草(わすれぐさ)に寄す』に収録された「はじめてのものに」に見えるように1935年の噴火を知るのみです。  『はじめてのものに』                    立原道造  ささやかな地異は そのかたみに  灰を降らした この村に ひとしきり  灰はかなしい追憶のやうに 音立てて  樹木の梢に 家々の屋根に 降りしきった ......

21 03, 2024

【アーカイブ51】訪れる季節と去っていく季節

By |2024-03-21T15:42:44+09:002024年03月21日|国分寺ブログ|0 Comments

 過度の期待と不安のせいか、蓄積された疲労のせいか、始まる前にはうんざりするほど長く感じられる受験本番の日々。毎年のことではあるけれど、こうして通り過ぎようとする今になって、今年の受験生たちと共に、もっともっと闘い続けていたいような、そんな気持ちになるのです。それは結果の良し悪しとは別の、通り過ぎてしまうのがどこか惜しいような不思議な気持ちです。 もう随分と前の話ですが、ある夏の終わりに、教え子の一人と天幕を担いで八ヶ岳に登ったことがありました。  中学受験を終え、見事第一志望の開成中学への進学を決めた彼の父親から直接に電話が入って、一体どのような目論見があったのか、高校二年生となる五年後に一度彼を旅にでも連れ出してやって欲しいと頼まれたのです。安請け合いしたその約束を、けれどぼくも彼自身もとても大切なものとして位置付けていたのでしょう、彼が高校二年生となった春に、どちらから言い出すともなく旅の企画会議が始まりました。開成に進学してワンダーフォーゲル部に入った彼と、仲間に誘われて本格的に登山を始めていたぼくが迷うことなくイメージしたのは「山」でした。ボストンバッグがザックに、そして観光地のガイドブックが25000分の1の地図にすり変わり、そうしてぼくらは夏の終わりに二人きりで八ヶ岳を目指したのです。  初日の樹林帯の登り道で散々バテたぼくらでしたが、なぜか二日目の主峰赤岳への登頂に際しては二人とも思いのほか元気でした。そうして最後の岩峰に取り付いて互いに声を掛け合いながら慎重に三点支持の登坂を繰り返すうちに、ふと、この岩峰がどこまでも永遠に続くものであったらと願っている自分に気がついたのです。二人で声を掛け合いながら、どこまでもどこまでも登りつめていけたらと……。  今、この胸に去来するのは、その時の気持ちとどこか共通した感慨です。つまらない感傷と笑い飛ばしてください。けれども、肩を並べて大切な季節を共に歩き通した仲間の一人として、通り過ぎるひとつの季節に気持ちの上でしっかりと決着をつけ、訪れる季節に今一度新しい気持ちで立ち向かうために、ぼく自身の中で、どうしても向き合っておかなければならない感傷なのです。 文責:石井

29 01, 2024

【コラム㊵】石に立つ矢もある!

By |2024-01-29T15:31:41+09:002024年01月29日|国分寺ブログ|0 Comments

同じこの季節を歩んだ者としてひとこと言わせてもらうなら、「受験」は「人生」そのものではないけれど、「人生」のひとつの局面であり、時に人生の縮図ともなるのだということです。 そこに臨む者の姿勢に、否応なく「人生」が映し出されるのです。 いたずらにビビったり蒼ざめたりする者は、やはり「人生」の他の局面に立たされたとき、同じようにうろたえるに違いないし、また、無理におどけて見せたり悪ふざけする者は、やはり人生の大事な瞬間にヘラヘラ笑って誤魔化したりするに違いありません。 ファインズの受験生諸君。静かに、けれども熱く燃えて、結果におびえず真摯に、出来ればそんな瞬間を心のどこかで楽しみつつ立ち向かう自身の姿をイメージしてみてください。 自分の「人生」の「主人公」らしく、そんな風に颯爽と格好良く、訪れる春を迎えようではありませんか。 「頑張れ受験生諸君! 立ち向かえ、自分の人生に!」   文責:石井

11 01, 2024

【アーカイブ㊿】松過ぎのまたも光陰矢のごとし

By |2024-01-11T21:16:46+09:002024年01月11日|国分寺ブログ|0 Comments

 「松過ぎのまたも光陰矢のごとし」  季語は「松過ぎ」で新年の俳句です。「松過ぎ」の松とは「松の内」のことで、門松を立てて新年を祝い、年神を迎える1月1日から7日までの期間を指します。よって「松過ぎ」とは1月8日以降のこととなります。また、「光陰」とは月日や時間の意で、つまり句意は【七草粥をいただいて松の内が明ければ、松飾りもすっかり片付けられて、まるで魔法が解けたように街並みはどこか淋しい冬の風景に戻ります。「ハレ(ここでは正月)」から「ケ(日常)」へ。するとどうでしょう。それまでどこかゆったりと感じられた時間までが、弾みをつけて流れ出し、引き絞って放たれた一本の矢のように瞬く間に過ぎ去っていくようではありませんか。】ということになります。  1月7日を皮切りに、既に中学受験がスタートしています。東京都の私立高校の受験解禁までちょうど1ヶ月。早い生徒はあとほんの10日ほどで入試へ突入します。  「光陰矢のごとし」です。詰めの甘さで後手をとらないように、日々の学習計画を今一度練り直して、万全の体制でその日を迎えて欲しいと思います。健康管理にも細心の注意を払いましょう。 文責:石井  

21 12, 2023

【コラム㊴】冬至のカボチャ

By |2023-12-21T19:46:13+09:002023年12月21日|Uncategorized, 国分寺ブログ|0 Comments

 明日12月22日は、二十四節気の冬至の日にあたります。  北半球では昼が最も短く、夜が最も長いこの日、柚子湯に入って身体を温め、小豆粥や南瓜を食べると風邪を引かないと言われています。  地軸が公転面に対する垂直方向から約23.4度傾いているために、北緯66.6度以北では、この季節、一日中太陽の昇らない、いわゆる極夜という現象が起こります(その逆に、夏至の頃の一日中太陽が沈まない日のことを白夜と言いますが、こちらの方がどこかロマンティックな響きも手伝ってか知名度は高いようです)。その著書で星野道夫さんに紹介されたアラスカでは、オーロラを観るのに最適な季節の到来です。  もちろん寒さはこれからが本番ですが、夜が長くなるのもこの日まで、冬至を過ぎれば来年の夏至の日に向かって日一日と昼の時間が長くなっていきます。そう考えると、気持ちはどこか明るくなります。「冬来たりなば春遠からじ」です。  「南瓜」で思い出したことがあります。昨年の冬至の日のことです。  一日の授業を終えたぼくは、冬至の日であったことを思い出して、SEIYUの食品売り場によって「冬至弁当」と、ついでに「南瓜の煮物」を買って帰ったのです。ところがそれが大失敗。想像力が少しばかり足りませんでした。考えてみれば当然のことながら「冬至弁当」には、主役級の扱いで南瓜の煮物と駄目押しの南瓜の天ぷらが入っていて、買い足した南瓜の煮物と併せて、南瓜だらけの南瓜ぜめ。折角だからと無理をして全部たいらげましたが、しばらくはもう南瓜を見るのもゴメンというくらい南瓜で満たされた心となったのでした。  何だか南瓜に対する悪口のようにも聞こえるので、ひとつ南瓜に代わって弁明を試みることにしましょう。カンボジアに由来したこのカボチャという名の野菜は、今では輸入も手伝って一年中出回る食材ではありますが、本来は夏から秋にかけての野菜で、冬至を迎える頃にはそろそろ食べ納めの時期となります。各種ビタミンとカリウム・カルシウム・食物繊維に富んでいて「滋養強壮、抗がん、動脈硬化予防、風邪予防、冷え性予防、胃潰瘍予防」に効果ありの、実は冬至でなくても有り難くいただきたい重宝な食材なのです。 「柚子湯」「南瓜」と比較して知名度の低いのが「小豆粥(あずきがゆ)」です。 小豆の赤い色には「魔除け」の効果があり、「豆(ま・め)」が「魔を滅する」につながることから、太陽の力が最も弱くなる冬至の日に食されてきました。 南瓜と小豆を一緒に煮た「いとこ煮」というかわいらしい名前の料理もあるそうです。 ......

11 12, 2023

【コラム㊳】星に願いを……ふたご座流星群

By |2023-12-11T15:38:47+09:002023年12月11日|国分寺ブログ|0 Comments

 三大流星群のひとつ「ふたご座流星群」の活動が極大となる12月14日(木)は、新月の翌日で日没とほぼ同じタイミングで月が沈むため、暗い夜空に流れ星を観測する絶好の日和となっています。 三大流星群とは、1月4日の「しぶんぎ座流星群」、8月12日の「ペルセウス座流星群」、そして12月14日の「ふたご座流星群」を指します。他の流星群は、それぞれ微妙に季節外れの星座であるため観測時間が深夜~明け方になる等、小中学生には観測の難しいものである一方、「ふたご座流星群」はまさに冬の星座ですので日没と同時に東の空に上り、翌朝の日の出と同時に西の空に沈んでいきます。つまり、一晩中観測可能な流星群なのです。  ふたご座の輻射点は、日没後であれば東の空、夜には高度を上げて南東~南の空へと移っていきます。その後、深夜に南中し、徐々に西の空に移って夜明けを迎えます。  1時間に30~70個の流れ星が期待できる「ふたご座流星群」ですが、常夜灯などの街灯りのある明るい場所では比較的大きな流れ星でなければ観測できないため、できるだけ街灯りの影響を受けにくい場所を選んで観測してみてください。  気を付けなければならないのは防寒対策です。しっかり着込んで携帯カイロ等も用意しておきましょう。  さてさて、流れ星にどんな願いを掛けましょうか。 文責:石井

7 12, 2023

【コラム㊲】2023年 秩父夜祭

By |2023-12-08T18:38:19+09:002023年12月07日|Uncategorized, 国分寺ブログ|0 Comments

2023年12月3日(日) 秩父夜祭 本宮 12月3日が日曜日と重なるのは6年ぶり。ちなみに、次回は5年後の2028年です。 ブログで紹介した流れで、折角だからと秩父へプチ旅行しました。 ①西武秩父到着 西武秩父駅は温泉施設も併設しています。 駅前のロータリーには出店の屋台がひしめき、観光客や地元の方々で行列ができていました。 西武秩父駅 ②広い路地にはどこもかしこも出店の屋台が並んでいます。 ......

17 11, 2023

【コラム㊱】秩父夜祭

By |2023-11-17T15:36:16+09:002023年11月17日|国分寺ブログ|0 Comments

 今年も、12月2日(土)宵宮~12月3日(日)本祭の二日間、秩父夜祭が開催されます。今年は、待ちに待った日曜日開催となります。  12月3日が日曜日と重なるのは、5~6年に一度。ちなみに12月3日が日曜日と重なる次の機会は5年後の2028年です。平日開催では残念ながら、日中に現地入りして祭に賑わう秩父散策をゆっくりと楽しむことができません。  既にご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、秩父夜祭は国の重要無形民俗文化財に指定され、京都の祇園祭・飛騨の高山祭と並んで「日本三大曳山祭」に数えられる、三百有余年の歴史を誇る由緒ある祭です。  秩父神社の女神・妙見様と武甲山の男神・龍神様の年に一度の逢瀬というロマンスを軸に、各町村の屋台(いわゆる山車のことを秩父夜祭では「屋台」と呼びます)6基が市内を巡行し、御旅所で一堂に会します。巧の技を極めた極彩色の彫刻と金糸をあしらった幕の刺繡も見事な屋台と笠鉾が奏する秩父屋台囃子は、師走の凍てつく空気を震わせ直接肌を打ち、腹の底を揺さぶります。  夜半から帰路の巡行が始まり遠い町村の屋台は明け方にようやく蔵に収まるという、その名のとおり「夜通し」繰り広げられる夜祭ですが、見物客にとってのクライマックスは何といっても<冬の花火>です。  頬を凍らせるような凍てつく冬の大気を震わせ、澄み渡る漆黒の夜空に次々と花開く大輪の打ち上げ花火。かじかんだ指先を甘酒の紙コップやホットコーヒーの缶で温めながら、真っ白な息を吐いて見上げる冬の花火は、普段ぼくらが感じているような平面的な光の花模様ではなく、球形に膨張し空間を創出します。  かつて仲間たちと車で秩父入りした年には、帰途に就く屋台を飛び入りで曳かせてもらい、市内を曳きまわし蔵に収めるまで同行しましたが、気が付けば午前三時を回っていたりしました。  ところで電車での行き帰りとなると気になるのが帰りの電車ですが、調べてみたところ、秩父夜祭のための臨時特急は午後八時以降、既に全て満席となっていました。ギリギリまで現地に残り冬の花火を楽しもうと思えば、秩父21:34発の快速急行池袋行き(所沢・東村山乗り換えで国分寺へ)が手頃で、国分寺着は23:38。最終電車は22:14発(東飯能・拝島・立川乗り換え)で、国分寺着は00:19となります。    花火大会が19:30~22:00となっていますので、一時間程度<冬の花火>を堪能して、ぼちぼち帰途に就くというようなスケジュールとなりそうです。もちろん日中の秩父を楽しんで夕刻に帰途に就くという楽しみ方もあるかと思いますが、お勧めは何といっても<冬の花火>です。 ......

13 11, 2023

【コラム㉟】冬の初めの日に……

By |2023-11-13T15:38:49+09:002023年11月13日|国分寺ブログ|0 Comments

 冬が好きだ、と言った生徒がいました。  初冬のキンと冷えた空気が、冷たい水で顔を洗った時のように、魂を目覚めさせてくれる感覚がたまらなく好きだと彼女は丁寧に説明してくれました。  身を切るような風に背中を丸めるのではなく、潔く背筋を伸ばして歩きたい、と。 風は冷たいけれど、爽やかな一日です。  今となっては確かめるすべもありませんが、それはちょうど今日のような天気の日を指していたのではないかと思うのです。 校舎から見える南東の空 ......

27 10, 2023

【アーカイブ㊾】片月見・片見月

By |2023-10-27T18:45:52+09:002023年10月27日|国分寺ブログ|0 Comments

 観月の楽しみは、旧暦8月15日の十五夜(中秋の名月)と旧暦9月13日の十三夜の2回あります。10月10日の十夜を含めて3回とも言われていますが、今回の表題である「片月見(かたつきみ)・片見月(かたみづき)」は、8月15日と9月13日の2日のうち、どちらか一方だけの観月を指します。  細かいルールでは、8月15日に中秋の名月を眺めたのと同じ場所で9月13日に再び月を眺めなければならないとされていて、それを違えると「片月見・片見月」といって縁起が悪いと考えられていたようです。  十三夜は、満月の二日前の月ですので、月の左側の縁がわずかに陰っている未完成の月です。しかし、思い返せば日本人は、この未完成で不完全なものをこそ愛でる独特の世界観を持っているようです。 「花は盛りに、月はくまなきをのみ見るものかは。」(徒然草 兼好)    「徒然草」の原文では、このあと「今にも咲きそうな桜の梢や、すっかり花が散って、しおれた桜の花びらが点々とある庭などにこそ見る価値が多い」という内容が続きます。  書画の世界でも、日本人はシンメトリーの完全な構図より、左右非対称な構図に、また描かれたものだけでなく描かれない余白に美を見出します(余白の美)。表現されるものと表現されないものの絶妙なバランス。そうして想像力の働く余地を残す奥床しさをこそ価値あるものと捉えてきたのです。 余談  理科の学習で覚える月の名前は、新月・三日月・上弦の月・満月・下弦の月の5つですが、十五夜の満月を過ぎて、16日目の月、17日目の月……と日ごとに変化していく月の異名をご紹介して筆をおく(キーボードを打つだけなのに「筆をおく」というのも妙な表現ですが)ことにします。 ・十六夜 いざよい ......

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