【アーカイブ㉜】なごり雪
ここ国分寺の街でも、午後になって思いがけずささやかな雪降りとなりました。こんな季節外れの雪を「名残り雪」と呼んだりします。 覚えている人もいるかもしれませんが、21世紀の初めの年は、桜の咲きそろった3月も末の31日になって突然の大雪が降ったのでした。 あの年、4月を待たずに満開となった久米川通りの桜は、けれども桜特有の、あの内に秘めた熱情のようなものが感じられず、代わりに少し青ざめて見えるその表情の向こうに、恐らくは誠実であるがゆえの凛々(りり)しさとどこか震えるような哀しみとが感じられたのです。それはまるで熟す前の果実のようでした。 そこへ思いがけず季節外れの雪です。久米川では桜の花びらよりも大きな牡丹雪が、羽根飾りのように音もなく降りしきって、忘れかけていたぼくの童心にパッと灯りを点してくれました。そうして、ぼくはあっさりと納得したのです。折角の桜がそんなにも青ざめて見えたのは、弥生の空を最後に飾る、そんな雪を予定していたからだったのだと。 「思いがけず降り出した雪に『なごり雪』のメロディーが鳴り止まないぼくです。」 歓喜のあまり、そんなメールを思いつく友人に片っ端から送りつけました。PHSから携帯に替えて間もない頃だったからか、送り主のわからないそんなメールに友人の一人が「だれ?」と返事を寄越して、初めて自分の失態を理解しました。慌てて「石井です(^^;)」と返信したところ、「そうだろうと思った(^^)」と、あっさり見抜かれていたことに苦笑いした覚えがあります。 「なごり雪」 伊勢 正三 汽車を待つ君の横で、ぼくは時計を気にしている。 ......