「彼岸過迄(ひがんすぎまで)」というのは、ご存知の通り明治の文豪・夏目漱石の連作小説の題名です。 「暑さ寒さも彼岸まで」とはよく言ったもので、この秋も、ちょうど彼岸の入りとなる9月20日を境に、それまでの残暑が嘘のようにすっかり涼しい気候となりました。 そういえば彼岸の出となる26日に、蝉の声を聞きました。それがひとつの引き金となって、秋空の下、今年最後に生まれてくる季節外れの蝉のことを考えたのです。最後の一匹となる蝉が毎年必ずいるということは、理屈で言えば当然のことながら、ぼくらは日常そんなことにすら思い及びません。
既に仲間の蝉たちは地に落ちて、鳴き交わす相手の一匹としていない彼、もしくは彼女。冬に向かって乾き始めた風がその羽を小刻みに震わせます。雲ひとつない秋晴れの日を待って、やがて金木犀の甘い香りが彼を包むでしょう。哀しいほどに美しい秋の風景の中で、どれほど飛び回っても、どれほど声を嗄らして鳴き叫んでも、返ってくるのは風の音ばかり……。なんだか胸の底が凍えそうなイメージですね。
それでもきっと彼は、何を疑うでもなく鳴き続けることでしょう。まるで鳴くことそのものに意味を見出そうとでもするように…。 何の寓話(ぐうわ)にもならないこの日のこのイメージが、けれどもぼくの心を捉えて放さないのです。 こんなことに躓(つまず)くのも、恐らくは訪れた季節のせい、なのでしょうね。子どもの頃には居ても立ってもいられなかった秋のこの哀切な季節感を、いつの頃からか愛するようになった自分が不思議です。

※2024年の今年は、お彼岸の期間中こそ涼しくて過ごしやすい気候でしたが、お彼岸を過ぎたらまたすっかり暑さがぶり返してしまいました。気温の乱高下は体調を崩す契機となりますので、どうぞご自愛ください。

文責:石井