それは西武国分寺線の、身動きも取れないほどに混み合った登り電車の中での出来事です。
三人の女子高生が背広姿のサラリーマンたちの間で、押し潰されそうに寄り固まっていました。
「ラ ララララ ラララララ~♪」
その内の一人が突然小さいけれどはっきりと聞き取れる美しいハミングで、ぼくにも覚えのある『コンドルは飛んでいく』を歌い始めたのです。それが一体どういう経緯のことなのか判らないぼくでしたが、心持ち周囲にはばかるような気配で聞こえてくる美しいハミングの声は、決して悪い気はしませんでした。
不審に思ったのは、終わりまで口ずさむとまたはじめに戻って彼女が止まずにその歌をいつまでもいつまでも歌い続けることでした。一緒にいた二人の友達もどうしていいか判らない様子で、次第に不安を隠せなくなっていきます。ぼくはぼくで、すっかりことの成り行きに釘付けになって耳を傾けていました。
すると、歌い始めた時と同じように突然、恥ずかしさと苛立ちを露わにしたその女子高生は、いつまで続くかと思われたその長い長いハミングをピタリと歌い止めたではありませんか。
「一体いつまで歌わせるつもり!」
びっくりしたのはぼくだけではありません。二人の友達も返す言葉を探し出せずに、目をしばたたいています。
「何か言いなさいよぉ!」怒っているというよりは哀願するような口調です。
「何かって・・・?」とは友達の台詞。もちろんぼくも同じ気持ちです。
そうして最後の最後にその女子高生は種明かしをしてくれたのでした。
「だからぁ、コンドルは飛んでいく、コンデルは飛んでいく、混んでるは飛んでいけぇ・・・」
最後は消え入るような口調でした。
聞こえない振りをしているのか、他の乗客は無関心のようでした。
二人の友達は、教えられるまで友人の行動を理解できなかった申し訳なさと、ようやく得心がいった安堵感から、笑い転げて見せる外ないように目に涙すら浮かべています。笑いをこらえるのに苦労したのはぼくも一緒です。
やがて終点の国分寺の駅に着いて、人の波に押されるようにホームへと吐き出され、名前もわからぬまま人込みに消えた彼女たちのお蔭で、その後の半日がとても輝いてみえたものでした。
文責:石井