冬曇りの灰白色(かいはくしょく)の空に、一体誰の手をすり抜けたのか、フワリと放たれたひとつの赤い風船。

泉町一丁目のバス停に差し掛かったところで、ぼくは足を止めて、あるともない風に運ばれて11月の空に消えていくその赤い風船を見送った。そんなオープニング・シーン。

それがきっかけとなって、ぼくの頭の中にひとつのメロディが流れ始める。

♪  空にのぼって消えてゆく、子どもの赤い風船ひとつ
遠い昔の思い出が 空にポツンと消えてゆく  ♪

2005年11月6日に行われた「国分寺祭り」に向かう道々、そうしてぼくの頭の中で止まずに繰り返したのは、原宿・表参道を舞台とした吉田拓郎の「風の街」という、もう随分と懐かしい歌だ。

休みの日だというのに、ぼくにしては珍しく早くから起き出したのには訳がある。国分寺の各中学校の吹奏楽部が合同バンドを組んで、「国分寺祭り」のステージに上がると聞いていたからだ。中学3年のメンバーこそ引退したものの、FINESには国分寺1中と2中に合わせて6名の吹奏楽部のメンバーがいる。
都立・武蔵国分寺公園の入り口で、制服姿の中学生にパンフレットを手渡される。その簡単な地図でステージの位置を確認すると、冬の初めのひんやりと冷たい空気を震わせて力強く響く大太鼓の演奏を横目に、いくつものテントをすり抜けて、ぼくは真っ直ぐに中央の広場へと向かった。思ったよりも人出は多い。
午前11時からの出番を待ってステージ下には既に各中学の制服姿の生徒たちが控えていた。見知った顔を探すまでもなく大声で「石井せんせ~!」と呼ばれて振り返ると、ユーフォニアムを抱えた2年生の渡邉さんと1年生の川本さんが手を振って合図してくれる。列の先頭近くにいたホルンの春田さんも呼ばれて挨拶に来る。落ち着いて見渡せば列の中ほどにトロンボーンの仲間さんと金井さん、そして後方にトランペットの瀬尾さんの姿が見えた。
ちょうどそこへ仲間さんのお母さんと小5FSクラスに通う妹の桃子ちゃんが現れる。ひとことふたこと挨拶の言葉を交わすと、あとはいよいよ本番のステージを待つだけとなった。
その時、一体誰が飛ばしたのか人垣の向こうからまたもや風船が空に舞い上がった。続けてもうひとつ。そうして空へあがった風船は、瞬く間に白い雲に吸い込まれるように小さくなっていく。
「一体いくつ上がるんだろうね」と声を掛けて、ぼくは5年生の桃子ちゃんと二人で空へ放たれる風船の数を数え始めた。
空へ上がる風船の数は瞬く間に10を超える。赤、白、青、黄色、ピンク色、オレンジ色に黄緑色…。中にはミッキーマウスのデザインの銀色の風船も混じっていた。
「イルカの風船が飛ぶといいな」と瞳を輝かせる彼女。


やがて準備が整って合同バンドの演奏が始まってからも、指先で突かれて慌てて空を見上げると、公園の木々の上へフワリと風船が浮き上がる。
舞台で真剣に演奏する中学生たちを見つめるぼくの視界にまたもや風船。
「上がったよ」と彼女に合図を送る。
そんなふうに空へと上がる風船を数えるという他愛もない遊戯は、けれどもぼくらの想像を遥かに超えていて、確認できただけでも、僅か一時間あまりの内に何と80個もの風船が空に消えていったのだった。
一体誰がどんな思いを胸に風船を空に放つのか。あるいは意に反して風船を空に逃がしてしまった子どもの思いは一体どんなだろうか。いずれにしてもそんなふうに80人を超える子どもたちの手を離れた風船はその数だけ様々な思いをのせて、11月の空へと消えていったのだった。

演奏を聴き終わって二人と別れたあと、ぼくは折角だからと足を延ばして真姿の池からお鷹の道を通って武蔵国分寺跡を散策して帰ったのだが、週が明けて始めて顔を合わせたとき、桃子ちゃんが瞳を輝かせて「風船、102個まで数えたよ」と報告してくれた。
102個の風船…。102人の思いか…とつぶやいたぼくの心の中の青い空に、またもやひとつの赤い風船がフワリと舞い上がる。

文責:石井