~マネジメントの極意~

不思議なこと

私は以前からずっと不思議に思っていたことがありました。それは、「高層ビルの建設時のクレーン」です。高層ビルを建設するとき、資材を運ぶクレーンがビルの最上部にあります。ビルが高くなるにつれてクレーンも高くなっていき、とうとう完成したときは最上階にそびえています。
ところが、「完成したのかな」と思ってふと見ると、昨日まで天をつくようにそびえていたあのクレーンが、忽然と姿を消しているではありませんか。
「いったいあのクレーンはどうなったのだろうか?」
「どうやってあの巨大なクレーンをこんな短期間で取り外したのだろうか?」

ずっと不思議に思っていました。あるとき建設会社に勤務する後輩に聞いてみました。納得しました。皆さんはどうやってクレーンを取り除くと思いますか?一度調べてみてください。

さて、8月に入り「真夏日」が続いています。ご家族で「水族館」に行かれる方もいると思います。私も何度か行ったことがあります。見所はいろいろありますが、 子供たちに人気があるのはなんといっても「イルカの曲芸」でしょう。「水族館」によっては、「シャチ」や「鯨」のジャンプ・ショーまであります。

最前列になどいれば、着水のときにずぶぬれになってしまいます。(これがまた子供たちにとっては楽しいのですが・・・)

私はずぶぬれになりながら思うのです。「あの巨大な鯨やシャチをどうやって教え込んだのだろうか?」と・・・

納得の「解」

子供たちも大きくなり「水族館」に行くこともなくなりました。だれに聞くともなく、時間が経過しました。

ところが、先日読んでいたマネジメントの本に「鯨の曲芸」のことが書かれているではありませんか。思わず引き込まれて読んでしまいました。「なるほど」と納得しました。
そして、この「解」はマネジメントやリーダーシップにも応用できると「ひざ」を打ちました。今回はこれについて書いてみたいと思います。

鯨への訓練

鯨やシャチに水面から高く張ったロープを飛び越えさせて観客にみせるショーは、どこの国でも人気です。では、どのような訓練をすれば、あのような曲芸ができるのでしょうか。鯨はご褒美のエサが欲しくて行動を移すことは誰でも想像がつきますよね。問題はその方法です。

スモールステップ

訓練の第一段階:ロープはどこに置くと思いますか?そうです。最初はプールの底です。
鯨はプールの底に張ったロープの上を通ります。すると、その都度エサをあげます。
これを何度も繰り返し、「ロープを超えればエサがもらえる」という動機付けができたら、今度はロープを少し高くします。そして、またこれを繰り返します。

訓練の第二段階:ロープの高さは少しずつ上がり、やがてロープは、鯨が下をくぐることもできる高さになります。しかし、下をくぐるとエサはもらえません。上を越えればエサをもらえます。しばらくすると、鯨はエサがほしくてロープの上を通るようになります。
すると、訓練士はまたロープを高くしていきます。
どうしてさらに高くしていくのでしょう?
もし、この段階でお客さんに「皆さん!鯨がロープの上を通りましたよ!」と叫んでみても、観客は拍手はしませんよね。なぜって、水中からならともかく、観客席からは見えないのですから。インパクトはありません。
そこで、さらにロープを上げることにします。

訓練の第三段階:だんだん高くしていくとどうなりますか?
そうです。やがて、ロープは水面に達します。鯨は水面にあるロープにきっと戸惑うでしょうねぇ。

「ど、どういうわけだぁ!ロープが水面にあるぞ!これを超えろってかぁ!無理だよ!」

でも、ロープを超えなければ、おいしいエサにはありつけません。
すると、鯨は水面にあるロープをやっとの思いでクリアします。エサにありつけました!
一見、高そうに見えた障害も越えてしまえば、どうということはありません。

訓練の第四段階:でも、訓練士(人間)は意地悪です。こんどは水面から少しずつロープを離していきます。これを繰り返し、とうとう鯨は水面から何メートルも 高いロープを超え、観客から拍手喝さいを浴びることになるのです。(もっとも鯨は拍手などほしいわけではないのですが・・・)
これって人間にも応用できそうです。

目標と達成感

人間にこれを当てはめてみるとどうなるでしょうか。
まず、経済の世界で「目標と達成」といえば、企業の業績に関することになります。

例えば、マネジメントの世界でベストセラーを出したければ、「倒産寸前の会社を如何にして再生したか」「わずか創業○年でいかにして売上○○億、利益○億の企業にしたか」「○○年連続経常黒字企業の秘訣」「どうして△△社は斜影産業でありながら成長できるのか」等々、企業の成長の秘訣を話題にすればよいと言われています。

また、教育に関する「目標と達成」といえば、「成績と合格」に関することにつきます。
私たち教育に携わるものにとっては、「どうしたら生徒がやる気になるのか」ということは永遠の課題です。

時には「先生!うちの子はどうしてこんなにやる気がないのでしょうか。何とか「やる気」にしてください!」という祈りにも似たお願いをされることもしばしばです。しかし、それがわかっていればとうに「ノーベル賞」をもらっています(笑)。でも、まったくヒントがないわけではありません。

成績アップのノウハウの前に、「やる気」というモチベーションの問題があります。これについては、卑近な例を挙げてみましょう。
私たちの塾では毎年夏に受験学年は勉強合宿、非受験学年は勉強と体験教室を組み合わせた合宿を創設以来実施しています。今年も志賀高原で4泊5日のセミナー、キャンプを行いました。
この合宿で、私たち教師は子供たちが「自己の限界への挑戦」「内なる自己の発見」「よきライバルという名の友人の獲得」という得がたい経験をし、大きく成長していくのを目の当たりにします。中でも生徒たちが一番成長し感動するのは、「自主学習」の時間です。
200名は楽に収容できるイベントホール。聞こえてくるのはシャープペンを走らせる音だけ。

深夜。集中して勉強を止めようとしない生徒たち。親や教師からやらされる勉強ではなく、自ら求める学びの喜び。右を見ても左を見ても同じ12歳、15歳の真剣な顔、顔、顔。
親や教師から何度「勉強しろ」と言われても変化のなかった生徒たちが、人間が違うのでないかと思われるように変わっていきます。
学習意欲の啓発という点では、これ以上の環境はありません。
私たち教育に携わる者にとって、このような環境を与えられるかが重要な仕事であると確信する瞬間です。
では、その具体的な方法はどうすればいいのでしょうか。
それはこの「鯨の曲芸」にヒントがあります。「スモールステップ」です。

目標設定

長年生徒たちを教えてきて、「どうすれば成績が上がり、やる気がでるのか」というのは教師にとって永遠の課題でした(今でもそうですが・・・)。

しかし、授業では意欲のない生徒でも、部活や体験授業では元気溌剌に取り組んでいます。
「好きなことだから当たり前だよ」という意見もあるでしょうが、それだけでしょうか?
いったい教室と部活とではどこが違うのでしょうか?

好きなことだから前向きに取り組みやすいこと以外に、わたしは「目標設定の明確さ」と「成果に対するフィードバック」が容易に得られることにあるのではないかと思っています。

「期待されていることはわかっているだろうと勝手に推測するのは、やり甲斐のないボウリングをやらせるようなものだ。ピンは立ててやるが、人がボールを転がそうとすると、ピンの前に幕がずっと垂れ下がっている。だからボールを転がすと、幕の下を通り抜け、ぶつかる音は聞こえるが、ピンを何本倒したのかわからない。
具合はどうかといって訊くと、”わからないけれど、まあいい感じだったんじゃあない”などと答える。」(「1分間マネージャー」より(ダイヤモンド社刊)
これでは「やる気」は起きません。そこでヒントになるのが「鯨の曲芸」です。「鯨と人間とを同じにするなんて・・・」という声が聞こえてきそうです。

目標と激励

確かに、動物と人間は違います。
例えば、子供に言葉を教えるときを考えて見ましょう。
小さな子に「ご飯をください。」と言わせたいとします。完璧に言わなければ与えないとすると、子供はお腹をすかせて死んでしまいかねませんね(笑)。そこで母親は子供が言いやすように「マンマ」と何度も言って聞かせます。それを繰り返すうちに、あるとき突然子供が「マンマ、マンマ」と言います。このときの母親の喜びようといったらありません。
母親はわが子を抱きしめ、飛び跳ねんばかりに喜び親戚中に電話をします。
しばらくしたら、今度は「ご飯」と言わせます。そして、このときも「すごいわね」と言って褒めます。それも言えるようになると、「どうぞ」「ください」という 言葉を添えることを次第に教えていきます。
このように人間にある仕事(目標)を与えたら、うまくできたときに「褒める」という行動がとても大事になります。エサが欲しくて行動する「鯨」とここが違います。 しかし、目標の立て方と成果のフィードバックの仕方は大いに参考になります。

あまりに大きな目標を立てすぎると、最初からしり込みしてしまいます。それを避けるためには、「スモールステップ」と「継続」そして「激励」が不可欠なのです。

さぁ、一歩ずつ取り組みませんか?鯨だって宙を飛べるようになるのですから。

(2010.8.04~2010.9.03)