~「勉強」は悪か?~

 今回の指導要領改訂の要因として、このPISAの成績ダウンが一因となったことは否めないと思われます。しかし、それだけではありません。

10年前の「ゆとり教育」導入以前、日本の学校教育は問題が山積していました。
「落ちこぼれ児童」「授業中の立ち歩き」「学校の荒廃」。「分数のできない大学生」なる本もベストセラーになっていました。
大学の入試制度も、少子化を見通し受験生を確保したい思惑から、年を追うごとに科目減の傾向が顕著になっていました。中には「一芸入試」をアッピールする大学も現れ、「けん玉」を面接で行い入学を認める大学まででる有様でした。「最高学府」とは、もはや名ばかりでした。
「中教審」の主要メンバーのある有名な女性作家は、「数学なんて大人になっても役にはたたない。私は数学はまじめにやらなかったが今ちゃんと作家で身を立てています」(趣旨)と発言し、心ある教育関係者からはひんしゅくを買っていました。

当時の世論は、「詰め込み教育=悪」という流れで、一斉に「ゆとり教育」に流れていきました。
しかし、その結果はどうだったでしょうか?
「落ちこぼれ」はなくなったでしょうか?「荒れる学校」は減少したでしょうか?
「否」です。
国公立大学の6割で、高校の教科書を使った補習が行われている現実が残っただけでした。

公務員の週休2日制移行に伴い、学校も土曜日を休みにする。その結果、授業時間数の減少が生じることとつじつま合わせのために、学習内容の削減をする。非常に現実的な「労務対策」が背景にはあったのです。
にもかかわらず、「詰め込み教育」に原因があるかのような報道がなされていました。

私は12年ほど前、ある文部官僚にこう質問しました。
「あなたは中学受験で難関校に入り、東大を出ていますね。受験の荒波をくぐってきたわけです。その受験は、あなたの精神を荒廃させましたか?受験は無意味でしたか?
あなたにはお子さんがいますか?そのお子さんは公立に通われていますか?これだけ学習内容が減少する公立に通わせようと思いますか?」
「日本はこれで韓国の7割しか勉強しないことになります。それで科学技術立国が維持できますか。維持できない時、その責任は誰がとるのですか」と・・・

「教育」は、人間の特質です。種としての「人」を唯一「人間」たらしめるのは、教育しかありません。
「役に立つことだけを学習する」のが小中生の教育の目標ではないはずです。

つづく(2012.02.05)