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第59回「東日本大震災に想う」
~日本人としてできることはなにか~ 皆さんの親族やお友達の中にもこの震災で被害にあわれた方がいると思います。 心からお見舞い申し上げますと共に、行方不明になっていらっしゃる方は、無事でおられることを祈っています。また、不幸にして亡くなられた方には、心よりご冥福をお祈りいたします。 今回の大震災は、日本民族が経験したことのない、世界史においても人類が経験したことがないほどの「大災害」となっていることは、皆さんも知っているとおりです。 ついこの前まで、のどかな田園・漁村風景が広がっていた美しい東北の町々が、あっという間に瓦礫(がれき)の山と化してしまいました。 亡くなられた方・行方不明の方は、万を超えます。 福島原発の事故も憂慮(ゆうりょ)すべき事態になっています。 このような「国難」ともいうべき大災害にもかかわらず、被災地では「略奪」もなく、理性的に行動する日本人を見て、海外の特派員からは驚嘆の声が上がっています。 人間の本質が最もよく表れるのが、困難にぶつかったときです。私たちは、被災地の「同胞(どうほう)」の皆さんを、同じ日本人として誇りにしていいと思います。 その誇るべき「同胞」を何としても国力を挙げて救わねばなりません。今私たちができることをやろうではありませんか。 幸い私たち関東圏に住む者は、被災を免れました。しかし、いつ何時われわれも同じ境遇になるかもしれないのです。 ......
第58回「力強く立ち上がろう!」
~辛苦を分かち合い乗り越える~ 今回の東日本大震災において、被害にあわれた方に心からお見舞い申しあげます。 また、親族や友人を亡くされた方には心中よりお悔やみ申し上げます。 時間がたつにつれ、「国難」と言っても差し支えないような被害の全貌が明らかになりつつあります。町全体が消失してしまったかのような被災現場である「原野」を見て、ただただ呆然とするしかありません。 「同じ日本人として自分に何ができるか。」これほど自分自身が「日本人」であることを明確に意識したことはありませんでした。昨日は家内とも「自分たちにできることをやろうね」と話しあいました。このような夫婦の会話は初めてのことです。 これだけの被災状況の中で、「略奪」もなく、整然と補給物資を待つ「同胞」を見ていると、なんとかしなければという強い想いと、「民族の理性あふれる行動」に誇りさえ感じている自分を発見していました。 世界が日本を注視しています。 「戦後復興」を見事に果たし、世界舞台に復活して世界の尊敬を集めたように、この第2の「国難」も乗り越えていこう。国民一人ひとりが「他者の辛苦」を同苦し、分かち合い克服していこう。そう強く意識した一日でした。 倒れても、大地にしっかり手をつき立ち上がろう。 ファインズグループとしても、少しでもお役にたてるように「義援活動」を始めていきます。 ......
第55回~第57回「チャレンジ精神を持て!」
~海外留学生の減少を危惧する~ 首都圏の中学入試も明日からいよいよ本格的に始まります。 こうして原稿を書いているときも、一人でも多くの子供たちが志望校に合格してほしいと念じられずにはいられません。 さて、サッカーのアジアカップで日本が2大会ぶり4度目の優勝を果たしました! 深夜の放送でしたが、苦戦・悪戦苦闘の連続で、ついつい大きな声を出してしまい、思わず口をふさいでしまいました。ザック監督の采配も見事でしたが、リザーブの選手たちも自分の出番が来るまでモチベーションを切らさず、実力を出すことができたのには感心しました。一昔前のジャパンであれば、「得点力不足」「競り合いの弱さ」で、勝ち抜くことはできなかったでしょう。 なぜ「サムライ・ブルー」はかくも逞しくなれたのか。私は優勝カップを掲げる遠藤選手を見ながら考えました。 細かい分析は、専門家に任せるとして、ひとつ気がついたことがあります。 初めて日本がワールドカップに出た1998年フランス大会、選抜メンバーの中に海外で活躍する選手は一人もいませんでした。後にイタリアで活躍することになる中田英寿選手もこの時はベルマーレ平塚の所属だったのです。 ところが、今度のアジアカップの先発メンバーを見ると、なんと海外所属の選手は8人にもなります。 ベスト4に進出した、韓国、ウズベキスタン、オーストラリアもヨーロッパ等の海外で活躍する選手が多くいることでは共通しています。 ......
第53回~第54回「親の言葉」
~「はぐくむ言葉」と「つみとる言葉」~ 世間では正月気分が抜ききれないのですが、早くも中学入試が昨日から始まりました。 いよいよ受験生にとっては、これまでの精進の成果を試される厳しい日々が続きます。 一人でも多くの教え子たちが、志望校に合格してほしいと願っています。 さて、先日ある塾の女性経営者の方から、大変興味深いお話を伺いましたので、ご紹介いたします。その方はご自身の息子さんを自ら教え、昨年中高一貫校の受検をさせたそうです。受験倍率10倍を超え、大手の進学塾でも一教室で合格者は一人出るか出ないかにもかかわらず、自分の塾では合格率五割をだしました。 しかし、ご自身の子供は不合格。落ち込むとともに、塾の経営者、教師として、一人の母親として、その原因を調べずにはいられなかったそうです。 受験をされた家庭にいろいろ聞くなかでわかったことがありました。 合格することしないこの決定的な差。それは何か。それは「母親の言葉がけ」だったのです。合格された子の母親は、一様に「先生のご指導がよかったからです。ありがとうございました」と感謝の言葉を言われ、「結果がどうであろうと、最後まで子供を応援しようと思っていました」と言われました。 そして、子供には「応援しているからね」、「お父さんも母さんもあなたの味方だからね」と愛情あふれ、やる気を「はぐくむ言葉」をかけていることがわかったのです。 ところが、不合格だった母親に中には、塾の指導を批判する人も多くいました。 ......
第50回~第52回「夢の持続」
~「はやぶさ」の奇跡~ (第50回)(2010.12.27) 激動の2010年ももうすぐ暮れようとしていますが、皆さんはどのような1年でしたか? 重大ニュースのトップは、何といっても「尖閣諸島問題」ですが、このほかの話題も暗いニュースばかりでした。しかし、其のなかでひときわ明るい話題がありました。 小惑星探査機「はやぶさ」の帰還です。今回はひょっとしたら入試にも出るかもしれないこの「奇跡」を取り上げてみましょう。 今年6月22日、7年60億キロの宇宙の旅を終えてオーストラリアのウーメラ砂漠に帰還した「はやぶさ」は、日本の多くの子供たちに(いや、デフレ不況で暗い大人にも)感動を与えました。 「はやぶさ」が鹿児島県内之浦宇宙観測所から小惑星「イトカワ」を目指して打ち上げられたのは、2003年5月9日のことです。 この小惑星「イトカワ」は、地球から約3億キロも彼方にあり、わずか直径540mにすぎない「けし粒」のような惑星です。その小さな「イトカワ」の地表のサンプルを採取し、地球に持ち帰るのが「はやぶさ」のミッションでした。 この計画が提案・検討されたのは、なんと30年ほど前のことです。当時はアメリカやソ連が月に行ったり、火星や金星に向けて大プロジェクトをすでに行っている時代でした。 日本はと言えば、やっと1985年に彗星探査機「さきがけ」を打ち上げたにすぎません。 ......
第49回「倒れてのち已(や)む」
さて、いよいよ入試まで40日を切ってきました。 まとめて勉強できる最後のチャンス「冬講」まであと1週間です。 中国の昔の諺に「己を捨ててはその疑いに處(お)ることなかれ」(菜根譚)という言葉があります。 「いったんやろうと決めて勉強に取り組んだのなら、自分を捨てて取り組まねばならない。果たして自分にできるだろうか、先生や親は協力してくれるだろうか、などと疑ってはならない」ということでしょうか。耳が痛いなと感じる皆さんも多いかもしれませんね。 ところが、これには続きがあります。 「その疑いに處(お)れば、すなわち捨つるところの志、多く愧(は)ず」 「また、自分の力を疑っていたら、せっかく身を捨てた初志をも、自ら辱めることになる」という意味です。 どのような仕事でも、どんな世界でも、勇気や気力をなくしたら負けです。 迷っているばかりでは勝機は逃げていきます。 目標を決め、やると決意したら全力でやりきる。やり続ける。 ......
第47回~第48回「主語+述語、そして数字で語ろう」
今回は「主語+述語+数字で語れる人になろう」ということを書いてみようと思います。 企業・団体が「人、物、金」という単純な存在の大きさ・数で勝敗が決していた時代から、「人財、情報、組織」という付加価値で企業の優勝劣敗が決するようになってきたことは、皆さんもご存じのとおりです。堺屋太一氏は、「知価革命」という書物の中で、「付加価値」を「知価」という言葉を使って、少種大量生産の工場制工業化社会から多品種少量生産、多様化・情報社会への移行を予測しています。25年も前に出された本ですが、現実にそのようになってきていますから、氏の予見は当たっているといえます。 ところで、「付加価値」が勝敗を決めるといわれても「では、どうしたら付加価値を付けることができるのか」というと答えはそう簡単ではありませんね。 「人」という生物体が、「人財」という社会・企業に貢献できる価値を具現化した存在になるためには、「問題分析能力」と「問題解決能力」を身に付ける必要があります。 では、どうしたらこれを身に付けることができるのでしょうか。 その前に、ある会社の会議の様子を再現してみましょう。 部 長:「今度新規オープンした○○店の客の集まりはどう?」 A課長:「けっこういるみたいです」 部 長:「具体的にどのくらいいるの?」 A課長:「よくはわかりません」 ......
第46回「ミッションとインセンティブ」
今回は資生堂元会長である福原義春氏について書いてみたいと思います。 氏は、芸術にも造詣が深く、特に写真は玄人はだしであり、東京都写真美術館館長等多くの公職にも就いておられます。 氏は、創業者一族に生まれながら、平社員からサラリーマン生活を始め、社長就任まで何と34年をかけた苦労人であることで有名ですが、そのことが彼の発言に重みを感じさせる大きな理由ではないか、と私は感じています。 今回は、彼のインタビュー記事の中から私がなるほどと思った部分を抜粋してみました。 氏が力を入れている活動や考えの特徴をなすものは、すぐに役立つ勉強ではなく、長期的に人格や知性を育てるものだという点にあります。「知識」や「ノウハウ」よりも「知性」「教養」を重視し、その「知性」や「教養」はその人の人生を支え、企業人としての骨格を形成するものと考えているようです。この点は、ファインズの理念である「四自の教育」と通じる点があるように思います。 『むしろマネジメントの原理は、社会での活動から学んだといってよいかもしれませんね。ボランティアは無給の活動であり、個々人の自発的動機から生まれるものです。仕事するときでも「社長のために働け」というのではインセンティブにならないでしょう(笑)。鞭でたたいて、飴をぶら下げたほうが会社は発展するかもしれませんが、私は目先の1年の利益よりも長いことお客様に信頼されて10年間利益をあげ続けるほうを大切に考えてきました。 累積利益を大きくすればよい、という考え方です。 社員のモチベーションをどうやって作り出すのか考えることがリーダーの責任です。確かに、命令によって人は動くけれども、命令でなく動く人々の力よりもそれは小さい。 これからはNPOで働く人々のモチベーションを営利組織である企業の人の動機付けにいかに応用するか。未来のリーダーに求められるのは、そんなリーダーシップではないでしょうか。』 この氏の考え方は、海外でのある体験が元になっています。それは、ニューヨークのメトロポリタン美術館を訪ねたときのことです。 ......
第44回~第45回「ナガサキの原爆稲」
前回紹介した「被爆ピアノコンサート」に参加したときのことです。会場に「稲穂」が飾ってあるのに気がつきました。会が終了し、帰ろうと受付の前を通ると新聞のコピーが置いてありました。 立ち止まって見ると、「ナガサキの原爆稲」という文字が飛び込んできました。 1部持ち帰りました。自宅で読んで複雑な思いがしました。ここで紹介しましょう。 1945年10月。九州大学農学部の調査団が、爆心地から約500mにある天主堂近くの田んぼで被爆した「稲」を採取しました。この「原爆稲」は代を変えながら、植え継がれ、今全国に広まっているそうです。 栃木県の農家である上野長一さんは、自分の田んぼの一角で、保存用としてこの「原爆稲」を栽培し、この演奏会に送ってきたのだということがこのコピーからわかったのです。 以下、「日本農業新聞(2010年8月5日付)からの抜粋です。 『病気にかかったわけでも、虫に食われたわけでもないのに、何世代を経ても通常の半分しか実らない稲がある。(中略) 6日に広島、9日は長崎に落とされた原爆は、推定21万4000人の犠牲者を出し、今も後遺症で11万人以上が苦しんでいる。被爆しながら生き抜いた稲も同様だ。今も戦争の'生き証人'として、長崎から各地に栽培が広がり、平和の尊さを伝え続けている。 稲は原子爆弾の放射能の影響で、染色体が切れて入れ替わる異常が発生した。花が咲くところまでは普通の稲と見た目は変わらないが、穂の半分は中身のない白い空モミとなる。 現在は放射線を人工的に植物に当てることが可能となり、研究材料としての価値はほとんどなくなってしまった。しかし、その種を「被爆の現実を伝えるために残し、たくさんの人に広めよう」と九州大学卒業生の古賀さん(69)が95年、同大学から20粒ほどの種を譲り受け栽培を続け、今では全国に広まっている。 ......
第42回~第43回「被爆ピアノ」
先日ジャズピアニスト河野康弘さんの「被爆ピアノ平和記念コンサート」が国分寺で開かれましたので参加をしました。その暖かい人柄にふれ、多忙な中でともすれば忘れがちな人への思いやりを思い起こし、しばし幸福な時間をすごさせていただきました。 河野さんとは、ファインズ開校以来のお付き合いです。ファインズでは、生徒の皆さんに生きた学問を少しでも体験してもらうため、社会で活躍する方々をお招きして「ヒューマン講演会」を開校1年目から行ってきました。これまでに「東大地震研の先生」「三鷹天文台の先生」「五輪メダリストの黒岩彰さん」「ネパールの子供たちに井戸掘り等の支援を行っている増田さん」等々各界で活躍されている方々に協力していただいています。 河野さんのことは「新聞」を通して知りました。ある時、新聞を何気なく見ていると、「南アフリカの子供たちに中古ピアノを寄贈」という文字が目に留まりました。 『全国には約600万台のピアノがあり、そのうち450万台は使われず「物置台」となっている。(皆さんの家にも「大きな花置き台」となっているピアノはありませんか?)多くの木を切り倒し作ったピアノが使われもせず、放置されるのはピアノに申し訳ない。そこで、調律をしたうえで、南アフリカの学校に寄贈している。しかし、船便代がかさむため寄付を集めている』ということでした。 何とか協力できないものだろうか。日本の子供たちは本当に恵まれている。そのことをさりげなく教えるためにも、ぜひファインズで協力できることはないだろうか。 そこで、ファインズでコンサートを開いていただくことにしました。残念ながら、塾にピアノはありませんから、ギターを使ってのコンサートです。子供たちはお手伝いをして貯めたお金を握り締めてコンサート会場(教室)に集まってきました。 このヒューマンコンサートは、子供たちに新鮮なショックを与えたようです。 豊かな日本と同じ時代を生きていながら、世界中には2200万人以上のストリートチルドレンが今日も食べるものがなく、学校にも行けないで懸命に生きています。 その現実に触れたとき、子供たちは自分達がいかに恵まれているかという境遇に自然に感謝の気持ちが湧いてきます。 河野さんがこれまで行ってきた「平和への行動」は、この「被爆ピアノコンサート」にも脈々と受けつがれていました。同時多発テロから9年を迎えた今年、ハドソン川沿いの公園で開催された「被爆ピアノコンサート」は、静かな波動のように感動は世界に広がっていきました。 ......





