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24 05, 2022

【アーカイブ⑦】西武国分寺線エピソード

By |2022-05-24T15:31:34+09:002022年05月24日|Uncategorized, 国分寺ブログ|0 Comments

それは西武国分寺線の、身動きも取れないほどに混み合った登り電車の中での出来事です。 三人の女子高生が背広姿のサラリーマンたちの間で、押し潰されそうに寄り固まっていました。 「ラ ララララ ラララララ~♪」 その内の一人が突然小さいけれどはっきりと聞き取れる美しいハミングで、ぼくにも覚えのある『コンドルは飛んでいく』を歌い始めたのです。それが一体どういう経緯のことなのか判らないぼくでしたが、心持ち周囲にはばかるような気配で聞こえてくる美しいハミングの声は、決して悪い気はしませんでした。 不審に思ったのは、終わりまで口ずさむとまたはじめに戻って彼女が止まずにその歌をいつまでもいつまでも歌い続けることでした。一緒にいた二人の友達もどうしていいか判らない様子で、次第に不安を隠せなくなっていきます。ぼくはぼくで、すっかりことの成り行きに釘付けになって耳を傾けていました。 すると、歌い始めた時と同じように突然、恥ずかしさと苛立ちを露わにしたその女子高生は、いつまで続くかと思われたその長い長いハミングをピタリと歌い止めたではありませんか。 「一体いつまで歌わせるつもり!」 びっくりしたのはぼくだけではありません。二人の友達も返す言葉を探し出せずに、目をしばたたいています。 「何か言いなさいよぉ!」怒っているというよりは哀願するような口調です。 「何かって・・・?」とは友達の台詞。もちろんぼくも同じ気持ちです。 ......

23 05, 2022

【コラム⑳】ミス沖縄のおきなわ観光TV

By |2022-05-24T13:54:54+09:002022年05月23日|Uncategorized, 国分寺ブログ|0 Comments

「ミス沖縄」という名称から誤解されがちですが、彼女たちはれっきとした観光親善大使なのです。「沖縄の観光振興を目的に、国内外における観光関連催事・公式行事において沖縄観光親善大使として年に270日以上活動できる健康で明るく教養豊かな女性」として一年の任期で毎年選出されるのは、「ミス沖縄スカイブルー」「ミス沖縄コバルトブルー」「ミス沖縄クリーングリーングレイシャス」の3名です。 第一次書類審査、第二次面接を経て10名のファイナリストが選ばれ、本選ではそれぞれに工夫を凝らして沖縄の歴史や文化への造詣、沖縄観光に貢献する意気込み等をパフォーマンスして、3名が最終選出されます。毎年3名が選出され、第40代を迎えたミス沖縄は、延べ120名を数えます。 およそ40年前から活動しているミス沖縄の存在を知る人は、関係者や沖縄の方々を除けば決して多くはありません。それは彼女たちの活躍の場が公務に限られているからでしょうか。 2022年現在活動しているのは第40代ミス沖縄の3名ですが、今日は敢えて「第39代ミス沖縄」を紹介します。なぜなら、第39代の3名こそが「ミス沖縄」の存在を広く知らしめた功労者だからです。コロナ禍という艱難に遭って公務が減ったことをポジティブ変換し、沖縄のことをこれまで以上に学ぶチャンスととらえ、そうしてひとつひとつ出会っていく沖縄の隠れた魅力をより広く世間に伝えようと、公務に並行して、1年3か月に及ぶYOUTUBE動画の毎日配信を完遂した功績は決して小さくありません。 ぼくがミス沖縄を知るきっかけとなったのも、まさに前述のYOUTUBE動画でした。ある日突然のように現れた「ミス沖縄のおきなわ観光TV」のお勧め動画。いわゆる沖縄病のぼくは当たり前のようにその動画を再生して、まるで天啓のように第39代ミス沖縄の3人と出会ってしまったのでした。 第39代ミス沖縄は、スカイブルー:岩本華奈さん、コバルトブルー:山里ひかるさん、クリーングリーングレイシャス:新里瑞紀さんの3人です。実はこの3人、2020年の「ミス沖縄」として選ばれたのですが、コロナ禍で公務の機会が減ったために、特例として任期を1年延長して2年間「ミス沖縄」を務めることになりました。その2年目となる2021年1月1日。心から愛する沖縄を、もっともっと多くの人に知ってほしい、もっともっと沖縄の魅力を伝えたいとの思いから、公務と並行してYOUTUBE「ミス沖縄のおきなわ観光TV」に毎日沖縄紹介の動画をアップするという目標を立てます。以来任期満了までの1年3か月、公約を果たして450本を超える沖縄観光アピールの動画をアップし続けたのです。 「ミス沖縄のおきなわ観光TV」  ※バナーにはリンクが貼ってありますので、クリックで「ミス沖縄のおきなわ観光TV」にアクセスできます。 現在は第40代ミス沖縄の活動が始まっていますが、「ミス沖縄のおきなわ観光TV」には、第39代のアーカイブが残されていますので、沖縄好きの方は機会があれば是非ご覧ください。 「ミス沖縄のおきなわ観光TV」ページにアクセスし、「ホーム」タブの隣にある「動画」タブを開き、右上の「並べ替え」から「追加日(古い順)」を選択すると、第39代のミス沖縄選出から2022年3月31日卒業ライブまで、2年間の3人の成長をたどることができます。 ......

21 05, 2022

【コラム⑲】まくとぅそーけー、なんくるないさぁ

By |2022-05-21T17:50:28+09:002022年05月21日|Uncategorized, 国分寺ブログ|0 Comments

「そうだ 京都、行こう!」は一時お休みして、今日は「沖縄」の話題をお届けします。   沖縄は世界的にも非常に人気の高い観光地ですが、「うちなーぐち」いわゆる沖縄の言葉が大変難しいのは、もともと日本語の方言ではなく琉球語という別の言語だったからです。歴史的に見れば、その琉球王国が滅ぼされ、「薩摩の世」「大和の世」「アメリカの世」を経て、現在は再び日本に返還されて47都道府県の一県となっているのです。ただでさえ時代とともに言葉が変化するのは世の常。だとすれば沖縄の言葉の変遷がどれほど大きいものであったか想像がつきますね。 それでも、ぼくら「やまとんちゅう(沖縄以外の日本人)」の日常生活に、いくつかの「うちなーぐち」が溶け込んでいたりします。 「らふてぃ」「さーたーあんだぎー」「ごーやーちゃんぷるー」など食に関する言葉は特になじみがありますね。その他、聞いたことのある言葉に「めんそーれ」「海人(うみんちゅ)」「エイサー」「シーサー」「さんしん(三線)」などがあります。 気軽なあいさつに使われるのは「はいさーい」ですが、これは実は男性特有の言葉で、女性の場合は「はいたーい」と発声します。同じく、「またね」というような軽い別れの言葉に「またやーさーい」がありますが、これも男性言葉で、女性の場合は「またやーたーい」と変化します。 ただでさえ難しい「うちなーぐち」をさらに難しくしているのは、琉球語に奄美・沖縄・宮古・八重山・与那国 ・国頭の6つの方言があることです。 例えば、「ありがとう」を沖縄地方では「にふぇーでーびる」と表現しますが、宮古では「たんでぃがーたんでぃ」、八重山では「ふこーらさーん」と表現します。 ......

19 05, 2022

【コラム⑱】そうだ 京都、行こう! ③

By |2022-05-19T21:08:09+09:002022年05月19日|Uncategorized, 国分寺ブログ|0 Comments

宇治上神社を出ていよいよ平等院鳳凰堂に向かいます。 宇治川を目指して「さわらびの道」を下っていくと、宇治神社があります。宇治上神社と宇治神社、もともとは二社一体だったのが、明治時代に分離独立した府社です。宇治上神社に祀(まつ)られた三柱のうち、ここ宇治神社には菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)一体が祀られています。 帰りは宇治橋ではなく、平等院への近道となる朝霧橋を選び、宇治公園の橘島・塔の島を巡って対岸へ渡ります。 折角なので京都の河川について触れておくと、代表的なものが、渡月橋をくぐって西を流れる桂川、東山に沿って流れる鴨川、そして宇治川です。桂川は伏見の辺りで鴨川を吸収し、石清水八幡宮の西で、木津川とともに宇治川に吸収されて淀川となり大阪湾まで続きます。 さて平等院ですが、正直な感想としては、観光写真から想像していたような雄大さは感じられず、狭い敷地で肩をすぼめているような佇まいです。 それでも造形はさすがに立派で、一見の価値はあります。フォトスポットはやはり鳳凰堂が池に姿を映して天地の二方向を指し示す前庭ですね。季節柄、黄菖蒲の花が咲いていたので、それを画角に収めるように斜め右からのアングルで1枚撮影しています。   戻りは京都駅ではなく直接「東山」を目指すことにして、もう一度「宇治橋」を渡って京阪宇治駅へ回るつもりでいましたが、水分補給もせずに歩き回ったことに思い至ると途端に喉の渇きを覚えて(人間というのは不思議なものです)、折角宇治に来たのだからとお抹茶をいただくことにしました。抹茶の粉を薄く散らした羊羹(ようかん)をいただき、きめ細かな泡が中央で僅かに盛り上がったお抹茶をおいしくいただいて、次の目的地は東山。お昼ご飯も八坂神社か清水寺の辺りで食べることにして宇治を後にしたのでした。 文責:石井

17 05, 2022

【コラム⑰】そうだ 京都、行こう! ②

By |2022-05-19T21:09:12+09:002022年05月17日|Uncategorized, 国分寺ブログ|0 Comments

目的地は「京都」とだけ決めて出発したので、さてどこへ向かおうかと一瞬迷いました。が、時間制限のある旅ですから、悩む時間ももったいないと思い切って、行く機会のほとんどなかった宇治方面を散策してみようと奈良線みやこ路快速に乗りかえました。 「宇治」といえば「宇治茶」、そして源氏物語「橋姫」から「夢の浮橋」までの宇治十帖の舞台。最近では2015年に京都アニメーションが手掛けた「響け!ユーフォニアム」の舞台になった場所でもあります。 アニメの聖地巡礼に赴くファンも多いと聞きます。 宇治の観光案内所に飾られていた「響け!ユーフォニアム」の看板 宇治の駅を出て、10円玉のデザインでおなじみの「平等院鳳凰堂」は後に回し、まずは宇治橋を渡って世界文化遺産に登録されている「宇治上神社」を目指します。 うさぎのおみくじでも知られる宇治上神社本殿は日本最古の神社建築で、向かって右(左殿=第一殿)から菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)、中央(第二殿)に応神天皇、向かって左(右殿=第三殿)に仁徳天皇の三柱が檜皮葺(ひわだぶき)のひとつ屋根の下に並んで祭られています。   拝  殿             本  殿 菟道稚郎子は応神天皇の第三子でしたが父の寵愛(ちょうあい)を受けて後継ぎの皇太子となります。ところが、そのことを恨んだ長兄に軍を差し向けられ、兄弟同士の権力争いに絶望した菟道稚郎子は皇位を次兄(後の仁徳天皇)に譲って自ら命を絶ったといわれています。 宇治七名水のうち現存する最後のひとつ「桐原水(きりはらみず)」が手水舎(てみずや=神社本庁の読み方、他に「ちょうず」等の複数の読み方があります)となっています。普通「手水舎」といえば龍の口からほとばしる水が水盤に溜まっている風景を思い出しますが、ここ宇治上神社では小さな社の底に湧いて流れる自然水を上手ですくい、下手でお清めをして流すという珍しい形です。 ......

16 05, 2022

【コラム⑯】そうだ 京都、行こう! ①

By |2022-05-19T21:09:43+09:002022年05月16日|Uncategorized, 国分寺ブログ|0 Comments

平安遷都1200年の記念事業に合わせる形で1993年に始まったJR東海の「そうだ 京都、行こう」キャンペーン。開催当初、「KYOTO・CLUB」の会員募集があり、応募当選したぼくはおしゃれな会員証をゲットして、「KYOTO・CLUB」が解散するまでの10年間、折をみては京都に足しげく通いました。 KYOTO・CLUB会員証 その後、まとまった休みには繰り返し沖縄を訪れるようになったため、すっかり京都を訪れる機会もなくなってしまったのでした。   先日、十数年ぶりに、ふと「そうだ 京都、行こう」と思い立って、突撃日帰り京都旅行を敢行したので、その旅行記をしたためてみたいと思います。長くなるので、数回に分けて報告することになりそうです。   強行軍ではありますが、早朝の新幹線で京都入りして深夜に帰宅すれば、半日は京都に滞在できる計算になります。 思い切って早起きして東京駅を目指すと7:30発博多行の「のぞみ」に間に合って、いざ出発。不足した睡眠時間のつじつま合わせに新幹線で仮眠をとろうと考えていたものの、久しぶりの遠出でテンションが上がっているうえに、寝過ごして大阪、神戸、下手をすれば博多まで乗り越してしまうという不安もあって、とうとう睡魔に襲われることなく、予定通り9:44に京都入りを果たしました。 十数年ぶりに訪れた京都の駅がすっかり様変わりしていることに、まず驚かされます。 ......

10 05, 2022

【アーカイブ⑥】涙の数だけ強くなれるよ

By |2022-05-10T14:34:56+09:002022年05月10日|Uncategorized, 国分寺ブログ|0 Comments

世の中には涙の枯れ果ててしまった人もいて、それは紛(まぎ)れもなく不幸な人だろうけれど、涙を道具にして世の中を渡っていく術(すべ)を身に付けてしまった人はもっと不幸だ、と思うのです。涙は、枯れても、温度を失ってもいけないのです。 少年時代、人前ではおよそ泣いたことのないぼくでした。隠れて泣くことすら数えるほどで、それも悲しさや苦しさの表現では決してなく、敢(あ)えて言うなら自分自身の不甲斐(ふがい)なさや悔しさに対する激しい憤(いきどお)りの思い余っての露出だったように思えるのです。 泣くことも、そして怒ることも下手な人間が上手に笑えるものか・・・という気がしないでもありませんが、少年時代のぼくはいつも仲間たちの真ん中で無邪気に笑い転げていました。家庭に、敢えて居場所を作らなかったぼくを支えた「仲間」という存在が、辛うじてぼくの笑顔を保障してくれたという訳です。 今では自分自身の不甲斐なさや悔しさに涙することもほとんどといっていいほどなくなりました。まさかその代償というわけでもないのでしょうが、多少とも人生の機微(きび)を知り、心に複雑な襞(ひだ)が刻まれるに従って、呆気(あっけ)なく涙が頬を伝う瞬間というものが増えたような気がします。ただし、涙が頬を伝うのは、相変わらず悲しさや苦しさの表現では決してありません。敢えて共通点を探すなら、人の心の温かさに触れたとき、健気(けなげ)な生き方に共感したとき・・・といえるでしょうか。他人の人生とそんな風に接点を持ったときばかりではありません。小説を読んでは涙し、映画を観ては涙し、果てはコミックを読んでも涙し…。仮にそれを「泣く」と表現するなら、ぼくは泣き虫になったとさえ言えるほどです。 「涙の数だけ強くなれるよ♪」という歌がありました。ある意味でそれは正しい、とぼくも思うのですが、人は流した涙の分だけ弱くもズルくもなれるのです。だとすれば、その分岐点は一体どこにあるのでしょうか。それは説明に窮する難題ですが、恐らくは涙の色や味や温度(五感で感じるものではなく、心で感じる類(たぐい)のものです)に関係があるのではないかと思うのです。泣いた後を見れば一目瞭然です。ドロドロのぬかるみができて身動きもママならない心を持て余すのか、それとも雨上がりの雲の切れ間のように心に陽が射して、まだ時折滴(したた)る滴の一粒一粒がその光を宿して煌(きらめ)くのか。 もちろん、どんな時だって笑顔でいられたら、それはとても素敵なことです。けれども、これまでの経験と照らし合わせてみても、実際のところなかなかそう思うようにいかず、ぼくらから笑顔を奪うような出来事は本当に後を絶ちません。もちろん、人生笑ってばかりはいられないということはわかっているつもりです。それでもなお、笑顔を絶やさずに生きることの大切さを忘れないでいたいのです。 涙を流すなとか、涙なんていらないというのではありません。時には涙を流すことがあってもいいのです。涙の中から昨日までよりほんの少し輝く笑顔が生まれてくるのだということを、ぼくは信じています。そうでなかったら涙を流す意味がないではありませんか。 君が笑顔を忘れそうになったその時は、どうか思い出してほしいのです。君の周りには、君が一日も早く笑顔を思い出せるように願っている人が、きっと少なからずいるのだということを。もちろん、ぼくもその一人です。 いつも「笑顔」と「元気」を忘れずにいられたら合格。何より君には笑顔が一番似合っている、とぼくは勝手に思い込んでいるのです。 文責:石井

9 05, 2022

【アーカイブ⑤】距離感と凸レンズの話

By |2022-05-09T18:42:42+09:002022年05月09日|Uncategorized, 国分寺ブログ|0 Comments

凸レンズの仕組みを覚えているでしょうか。 と言っても物理学の話をしようというのではありません。寓話には違いないものの、人と人との「距離」を考えたとき、ふと凸レンズの仕組みとの相似に思い至ったのです。 ご存じの通り、凸レンズは対象から発せられた光を集めて像を結びます。対象がまだ遙かに遠いとき、像はあるかなしかの微少な存在であり、そこから焦点距離に至るまで、対象との距離が近付けば近付くほど実像はその存在をはっきりと示すように大きくなっていくのです。 その間、焦点距離のちょうど二倍の距離にあるとき、像は対象の姿形を等身大で伝えます。もちろん、心の焦点距離が人それぞれである以上、この距離も十人十色となります。そして、そこから焦点距離までの間、像は実物以上に巨大化していき、やがて焦点距離に至って像は無限大となり消滅するのです。「近過ぎて見えないものがある」ということを、誰しもが経験的に知っているはずです。 と、ここまでで終わらないのが凸レンズの話。焦点距離の一歩内側では、対象は光を集めることをやめ、代わりに心のスクリーンの外に果てしなく大きな虚像を結びます。「あばたもえくぼ」、対象に対する願望や思い込みが時として幻影を創り出し、冷静な判断力を失えば、その幻影に惑わされたまま、ぼくらはある日突然裏切られ切り捨てられてしまいます。けれども、その虚像も、そこからさらに、互いの距離が接近すればするだけ、等身大の存在となるべく限りなく収斂(しゅうれん)されていくのです。 人間関係においても、その距離感が、対象の存在を時に小さく、また時には必要以上に大きく見せたりします。しかもそれらは実像であったり虚像であったりして、ぼくらを果てしなく翻弄(ほんろう)します。対人関係において適度な距離感(焦点距離の二倍)が必要なことは、これもまた経験的にぼくらの知るところですね。 さて、もちろんのこと、ここで問題となるのが、自身の心のスクリーンの奥行きが、果たしてどの程度のものかということと、心のレンズの焦点距離がどの辺りにあるのかということですが、その前に心のレンズのゆがみや曇(くも)りに対する日頃のメンテナンスを抜かりなく実践しなければならいないことは言うまでもありません。 その上で、知人・友人のそれぞれと、どの位の「距離感」で付き合っていくのかということが決定されるのです。凸レンズのお話でした(チャンチャン)。

6 05, 2022

【暦の話⑱】八十八夜

By |2022-05-12T14:48:06+09:002022年05月06日|国分寺ブログ|0 Comments

♪ 夏も近づく八十八夜 野にも山にも若葉が茂る ♪ あれに見えるは茶摘じゃないか ♪ 茜襷(あかねだすき)に菅(すげ)の笠   唱歌「茶摘(ちゃつみ)」に歌われた「八十八夜」。 「たすき」というと浮かんでくるのは駅伝のイメージかもしれませんが、ここで歌われている「たすき」は、作業をしやすいように袖(そで)や袂(たもと)をたくし上げる紐(ひも)のことで、赤い色をしていることから茜襷と呼ばれています。また、歌に登場する菅笠は植物のスゲを編んだ晴雨兼用の被り物ですが、ここでは日笠(ひがさ)の役目を果たしていると考えられます。ただし、テレビ等で茶摘みに関するニュースを見る限り、手ぬぐいで姉さんかぶりをする茶摘み娘の方がどうやら絵になるようです。 「八十八夜」は立春(2月4日)から数えて八十八日目ですから5月2日にあたります。ただし、昨年のように立春の日がずれると、当然のことながら八十八夜もずれてしまいます。24節気でみると5月5日が立夏ですので、八十八夜は立夏の直前にあたる雑節のひとつとなります。 「八十八夜の別れ霜」という言葉があります。「霜害」といって、作物に被害をもたらす霜ですが、八十八夜の頃を境に霜の心配もなくなるというわけです。逆に言えば、このころまでは霜の被害への注意が必要だという警告にもなります。 さて、立夏も過ぎ、ぼくが一年中で一番好きな季節「初夏」が始まります。草木の、それぞれに個性のある緑のグラデーション。若葉を透きこぼれる優しい木漏れ日。光と影のコントラスト。新緑の梢を渡ってくる風さえもうっすらと緑色に色づいて見えます。 四季折々、気候や自然のたたずまいに豊かな変化のある日本で暮らすのですから、多忙を言い訳にせず、たまには身近な自然の風景に身をさらしてみてはいかがでしょうか。 ......

6 05, 2022

5月のワクワク体験教室案内

By |2022-05-10T14:18:07+09:002022年05月06日|国分寺ニュース|0 Comments

5月のワクワク体験教室ご案内   「密度」と「浮力」のふしぎ? 浮沈子 大ゲーム大会! 5月の「ワクワク体験教室」は、「密度」を理解し、浮力について学んだあと、オリジナルのカラフル浮沈子を作成して、様々なゲーム大会を開催します。楽しくて、ためになる「ワクワク体験教室」に是非お友達と誘い合ってご参加ください。 【期 日】5月21日(土) 【時 間】14:00~15:00 【参加費】500円 【定 員】10名 【申 込】お電話、または下記申込みフォームからお申し込みください。 ファインズ国分寺スクール TEL042-320-2120 ......

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