国分寺ブログ2021-05-24T15:24:53+09:00

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112, 2022

【アーカイブ㉒】冬の花火

By |2022年12月01日|Categories: 国分寺ブログ|0 Comments

毎年12月3日に開催される「秩父夜祭」に通うようになって、もう随分と長い年月が流れます。 「秩父夜祭」といえば、飛騨高山・京都の祇園祭と並んで日本三大曳山(ひきやま)祭りのひとつに数えられるほどの盛大な祭りです。 ぼくが、初めてこの祭に足を運んだのは何と高校時代のことでありました。 西武秩父駅を中心とする商店街の、道という道に出店の屋台がひしめき合い、中央の広場には見世物小屋・お化け屋敷・巨大迷路のテントも立ち並び、秩父市の各町内から集まってきた屋台…いわゆる山車(だし)のことを秩父では屋台と呼ぶのです…が勇壮に陣取ります。お囃子の太鼓の響きは、まるで地球の鼓動のように、地面から直に足に伝わり胸に届きます。一年をこの日のために準備する地元の人々の熱気が、堰を切ったように祭りを熱く盛り立てていきます。 日が落ちると冬の打ち上げ花火が始まります。それは言葉に尽くせない美しさです。激しい衝撃や深い感動が言葉を失わせることがあります。けれども、それは決して沈黙の内に無為に横たわることを意味しません。 冬の花火 ― 凍て付いた夜空に球形に拡大していく時間の軸。 まるでスローモーションのように夜空をついて上昇する憧れにも似た光の帯。二尺玉の、想像を超えた体積の創出。 最早、祭囃子の鼓動に似た高まりも、見世物小屋の呼び込みのしわがれた述べ口上も、出店の裸電球の橙色の連なりも、群集の人いきれも、すべてがぼくを去り、それらを満たす凍て付いた空気を伝って直接胸に届く音と光と、ぼく自身の目と心とだけが、一本の張り詰めた糸で結ばれていきます。大空に散りばめられた火の花弁が冬の大三角と重なり、新しい星座の幾何学模様を描き出します。その美しさは恐いほどです。 ......

1911, 2022

【アーカイブ㉑】赤い風船

By |2022年11月19日|Categories: 国分寺ブログ|0 Comments

冬曇りの灰白色(かいはくしょく)の空に、一体誰の手をすり抜けたのか、フワリと放たれたひとつの赤い風船。 泉町一丁目のバス停に差し掛かったところで、ぼくは足を止めて、あるともない風に運ばれて11月の空に消えていくその赤い風船を見送った。そんなオープニング・シーン。 それがきっかけとなって、ぼくの頭の中にひとつのメロディが流れ始める。 ♪  空にのぼって消えてゆく、子どもの赤い風船ひとつ 遠い昔の思い出が 空にポツンと消えてゆく  ♪ 2005年11月6日に行われた「国分寺祭り」に向かう道々、そうしてぼくの頭の中で止まずに繰り返したのは、原宿・表参道を舞台とした吉田拓郎の「風の街」という、もう随分と懐かしい歌だ。 休みの日だというのに、ぼくにしては珍しく早くから起き出したのには訳がある。国分寺の各中学校の吹奏楽部が合同バンドを組んで、「国分寺祭り」のステージに上がると聞いていたからだ。中学3年のメンバーこそ引退したものの、FINESには国分寺1中と2中に合わせて6名の吹奏楽部のメンバーがいる。 都立・武蔵国分寺公園の入り口で、制服姿の中学生にパンフレットを手渡される。その簡単な地図でステージの位置を確認すると、冬の初めのひんやりと冷たい空気を震わせて力強く響く大太鼓の演奏を横目に、いくつものテントをすり抜けて、ぼくは真っ直ぐに中央の広場へと向かった。思ったよりも人出は多い。 ......

1011, 2022

【アーカイブ⑳】信じるべきか疑うべきか

By |2022年11月10日|Categories: 国分寺ブログ|0 Comments

昔、ある知人とした議論の話です。 ぼくは、これまでの人生を通して、初対面の人でも特別な先入観がない限り好きになれたらいいと思うし、まずは信じるところからスタートするという癖(くせ)がいつの間にかついてしまったのです。それはもう「生き方」の問題であって理屈ではありません。けれどもその友人は、初対面の相手なら表面上は笑顔を繕(つくろ)っても、まず警戒し疑ってかかるというのです。 二人で長い時間話し合ってみた結果、彼の考え方はそれなりに合理的で現実的であることがわかりました。もっとも、合理的で現実的なものの見方・考え方にぼくが価値を認めるかどうかは別の話です。 彼の言い分によればこうです。もし仮に初対面のその人が予想通り信用できない相手だと判明したとき、初めから疑ってかかった彼は「やっぱり」と納得はするけれども、そのことで傷付くことはありません。逆に予想が外れて相手が信用に値する人物だった場合には、予想を裏切られた落差も手伝って、とても得をした気分になる<らしい>のです。一方、信じて裏切られれば傷付くし、裏切られなかったとしてもそれで喜びが増すこともないのだから、疑ってかかるに越したことはないというわけです。 初めに書いた通りぼくに理屈があるわけではありませんでしたが、折角だからと反論を試みることにしました。 彼が言うように、仮に自分が傷付きたくない気持ちを出発点にしたとしても、ぼくはやはり人を信じてかかることを選びます。何故なら、裏切られてできた心の傷よりも、人を信じることができない哀しい自分自身の姿に傷付くことの方が、ぼくにはよっぽど堪えるに違いないし、それはもしかしたら致命的な傷となりうるからです。さらには、そんなふうに始まった人との交わりが、互いを心から信頼しあう掛け替えのないものになりうる保証がないからです。それに、裏切られてできた心の傷なら、その間に心を通わせることのできたたくさんのステキな仲間たちとの時間がいつだって簡単に癒(いや)してくれるではありませんか。 もちろん生き方は人それぞれだから、あえて決着をつけるべき問題ではないかもしれません。ただ、その時初めてそんな思いを言葉にしたことで、ぼくは自分の生き方というか在り方が、少しだけはっきりと見えてきたような気がしたものでした。 蛇足だけれど、その友人の生活信条は「不言実行」なのだそうです。 そいつはいいぞ、と思ったら首尾一貫、言わずに実行すれば褒(ほ)められるし、仮に実行しなくても責められる道理がないからだと聞いて、なぜかがっかりした記憶があります。

2710, 2022

【コラム㉙】皆既月食!

By |2022年10月27日|Categories: 国分寺ブログ|0 Comments

2022年11月8日(火)、皆既月食が見られます。   月食のメカニズムはご存じの方も多いでしょう。 太陽-地球-月が一直線に並ぶ満月の夜に、月が地球の影に入り陽光を反射しなくなるために暗く見える現象です。けれども、月の公転軌道は地球の公転面に対して5度ほど傾いているため、満月の夜が必ずしも月食になるわけではありません。 本当の意味で太陽-地球-月が一直線になるのは、下のイメージ図の赤い矢印のように太陽の反対側で月の軌道と地球の公転面が重なる時だけです。それ以外の場合は、月が公転面より上を通ったり、下を通ったりして、地球の影を通過しないため、月食とはならないのです。 日食も、並び順が異なる(太陽-月-地球)だけで原理は同じです。 次の図は、月食のイメージ図です。 太陽の光の届かない地球の裏側を月が通過する際、光の半減する青塗りの空間では半影月食といって月が赤っぽく見えます。また、完全に地球の影(本影)に入ると皆既月食となります。ただし、その際、月の一部分だけが本影をかすめると部分月食となるわけです。   原理を知った後で見ると、これまでとはまた違った感動が生まれるかもしれません。 ......

2210, 2022

期末テスト対策講座のご案内

By |2022年10月22日|Categories: 国分寺ニュース, 国分寺ブログ|Tags: |0 Comments

【定期テスト対策講座】 国分寺スクールにおいて、以下の通り2学期期末テスト対策を実施致します。 第1弾 10月24日(月)19:00〜21:00 ・テストまでの3週間 学習計画表作成 ・怒涛の暗記特訓 第2弾 11月7日(月)18:00〜21:30 ・自立学習タイム ・直前特訓授業(英語・数学・理科) 第3弾 11月12日(土)13:30〜18:30 ......

2010, 2022

【コラム㉘】オリオン座流星群

By |2022年10月20日|Categories: 国分寺ブログ|0 Comments

夜空の星々も、ゆっくりと季節の移り変わりを教えてくれます。 秋の星座から冬の星座へ。 見どころの多い冬の星座ですが、代表格が「オリオン座」であることに異論のある人は少ないでしょう。 「リゲル」と「ベテルギウス」という2つの1等星を持ち、「ミンタカ」「アルニラム」「アルニタク」という三連星が特徴的な「オリオン座」は、冬に限らず全天に「88個」ある星座の代表と言えます。 さて、10月21日(金)深夜にオリオン座流星群の活動が極大となります(正確には10月22日午前3時)。 オリオン座流星群の母天体はハレー彗星で、1986年2月に彗星が回帰した際の軌道上のチリが毎年5月(みずがめ座流星群)と10月に地球に降り注ぐのです。ハレー彗星の周期はおよそ75年。次に彗星が回帰して地球に近づくのは36年後の2061年です。 出現数は1時間に20個程度と予想されていて、3分に1個の流れ星が降る計算ですが、夜間でも照明の多い都市部では夜空の明るさのために小さな流れ星は視認できず半減します。 天気が良ければ、夜空を見上げてみてください。 タイミングよく、夜空を駆ける流星を見つけることが出来るかもしれません。 文責:石井

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